志木四小「河童伝説」


 志木四小に、河童が現れました!
 場所は、最近整備された「万葉草花園」の入口。

 志木四小の河童といえば、体育館前のこの像を思い浮かべる人がほとんどでしょう。河童のブロンズ像は志木市内の多くの学校に設置されており、次のような由来があります。

市内カッパ像めぐり カッパの天水桶 - 志木市ホームページ (shiki.lg.jp)

 実は、万葉草花園に現れた河童にも、興味深いエピソードが存在するのです。

 草花園が整備された北校舎前には、かつて人工的な沼が設置されており、この河童はいわゆる「小便小僧」として、沼の守り神のような役割を果たしていました。しかし、年月を経るうちに沼の水は枯れ、雑草が生い茂り、河童像もその行方がわからなくなっていたそうです。

 ところが数年前、倒れ、腕の折れた河童像が草むらの中から「救出」されたのです。折れた腕は丁寧に接合され、前校長 可知 良之 様 の手によって校舎内1階の池「おあしす」に迎えられました。


 河童像は約1年間、この場所で「おあしす」に棲む亀たちと戯れ、子供たちにも親しみをもたれる存在となりました。


 そして…令和3年10月。万葉草花園が完成するにあたって、現校長 石井 都 の発案により河童像は ”もといた場所” に戻ったのです。

 さて、この河童、どのような経緯で志木第四小にやってきたのでしょうか。そのヒントについては…リンク先の内容をご覧ください。


 志木市内のあちらこちらにいる河童たちに通じる愛くるしい表情。志木四小の河童も、リンク先で紹介されていた内田榮信さんの作品ではないかと思われます。沼が造られた当時内田さんが本校に寄贈してくださったのでしょうか。
※10/29追記:市役所の産業観光課に問い合わせたところ、内田さん本人に確認してくださいました。…内田さんの作品ではないそうです!謎はますます深まりました…。

 これから長きにわたり、児童や地域の方に親しまれる河童像になっていくことでしょう。大切に守っていきます。






おまけ…夜は恐いぞぅ…

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